突然の半身マヒとスタンプラリー

私は、仕事で札幌のプロジェクトのため駐在していた時代に100軒以上のスープカレーを食べ歩き、カレーを求めてインドへ旅するほど、カレーが好きでした。
かつての同僚に、以前東海地方で南アジアの社員を多数雇用してインド料理店を経営していたという男がいて、彼曰く「どんなに早朝から深夜まで激しく働かせても、まかないでカレーを食べさせている限り、誰も倒れないし病気にもならない、薬膳なのかアーユルヴェーダなのかわからないが、カレーにはすごいパワーがある」と言っていたのを聞いて「そりゃいいや」と思い、日ごろからスパイスを摂取するように心がけていました。

そんな私が、脳梗塞で倒れたのは50歳を目前にした時でした。

その頃の私は多忙を極め、2週間の合計睡眠時間が10時間にも満たないほど。健康に良いとされるカレーをあれだけ食べていたのに?と言われそうなのでカレーの名誉のために釈明しておきます。
考えるに、当時の尋常でない多忙さと、それによってカレーを食べる頻度が激減していたこと、おそらくはそれが大きな要因ではなかったかと思います。
頭蓋骨を取り外す緊急手術でなんとか一命はとりとめたものの、気が付くと左手足がまったく動かず感覚もない、いわゆる片麻痺(かたまひ)の後遺症が残ってしまったのです。一度壊滅した脳は治癒して再生するということがないらしいので、あとはリハビリで体力を養い、脳の可塑性に期待して代替細胞が成長するのを待つしかありません。

それが、昨年(2016年)10月のある日、「神田カレー街公式ガイドブック」と出会い、スタンプラリーの事を知りました。
もともとプロモーションなど「仕掛ける側」の仕事をしていましたが、今度は逆にこのスタンプラリーに「乗っかってみよう」と思ったのです。障害のある身体にはキツイけれど、リハビリの一環として、障害という好機を授かった自分の身体と心をおさめる修行として自分に課してみよう、神保町は起伏も少ないしちょうどいい、そう心に決めスタンプラリーに参加し、カレー修験者になってみたのでした。

私の遺伝子にはカレーが

カレーは私の主食と言ってもいいぐらい
札幌でのプロジェクトで現地に駐在していた期間には約100軒以上のスープカレー店を回り、カレーを食べるためにインドにも行くなど、私の遺伝子にはカレーが組み込まれた状態になっているようです。昔は自宅でもよくカレーを作っていたのですが、スパイスが高価なので特に大量に使うコリアンダ―などはベランダのプランターで栽培し、収穫したものを焙煎して使っていました。

神保町は世界遺産クラス

そして私は、「一人前の神保町ラバー」と自負しています。
昔、関西のジャズ&ロック喫茶で運営を任され、皿回しをしていたのでレコードの仕入れのために何度も神保町にお邪魔していましたし、東京に来てからも神保町によく通い、どこの中古CD店にどういうアーチストの音源が多いか、どういうコンテンツはどの古本屋に行けば見つかるかもほぼ熟知しているつもりです。
世界最大の古書店街として蓄えた膨大な知的コンテンツ、都内で唯一空襲を免れたおかげで残された昭和初期のレトロな建築が残る情緒ある街並み、カレー店・喫茶店・洋食店をはじめとする個性的な路面店舗の数々は、新たに作ろうとしてもできない、東京という都市が誇る世界遺産クラスの人類の宝物ゾーンだと思っています。

半身不随になるということ

片麻痺になると本当に移動するのが大変です。
歩こうにも、麻痺した側の脚が前に振り出せないので、腹筋と腸腰筋で無理やり足を引きずって前に進みます。
一般的に片麻痺患者は家にこもったきりになりやすく、筋肉が衰えて寝たきりになってしまう方が多いのです。
とにかくリハビリのために歩かなければならないのですが、右半身は健常とはいえ、まるで自分の死体を担いで歩いているようなもので、とにかくしんどい。「ほんのそこまで」の短い距離を移動するのも難儀です。
そんな私にとって、スタンプラリーは背中をぐいぐい押してくれる強力な動機づけ要因になりました。
階段の昇降ができないので、どうしても食べたい店の前まで行きながら入れない、という無念な思いもしましたが。
神保町駅のホームから地上への動線のバリアフリー化が遅れていたので、連日九段下や大手町からタクシーという高価なスタンプラリーとなりましたが、事務局の皆様のお力添えもあり、おかげさまでマイスターの称号をいただくことができました。

バリアフリーのこと

神保町駅でエレベーター工事が始まりました。完成は平成30年ごろとのことです。エスカレーターやエレベーターの設置は少しずつ進んではいますが、まだまだ発展途上にあるようです。
今後、より動線を考えたバリアフリーが実現されていくことを願っています。
そうなれば私のような障害者だけでなく、ベビーカーの家族や、楽器やスノーボードなどを買いにくる若い来街者にとっても、嬉しいことだと思います。
私もますます神保町へ立ち寄る回数が増えそうです。

私とスタンプラリー

その日以来私は、自分の身体という住みなれた家を離れて、長い旅に出ているような気がします。すぐ疲れるしいくら寝ても休まらない。オランダの作家レオレオニの「ペツェッティーノ(かけら)」じゃないですがそんな感じです。そんなときにおいしいカレーに出会うと、(アミノ酸たっぷりのスープカレーに多いのですが])そうか、これだった」と胸がきゅんとするような感覚を味わいます。いい歳をしてカレーで自分探し、というのも情けない話ですが、古書店で探していた本に出会うのも同じかもしれません。
脳梗塞で破壊された脳の機能は回復するということがなく、私にとって片麻痺は治療すべき「病気」ではなく共に生きていく『常態』なので、失われた自分を求めてのカレー探訪、古書探訪は続くと思います。辛くしんどいリハビリですが、背中を押してくれる相棒として、このスタンプラリーにはまたお力をお借りすることになると覚悟しています。新しい店も老舗のお店にも、「これだよ、自分が探してたのは」と思うような、素敵な一皿を期待していますね。

以上、森田淳さんのカレー愛、神保町愛をお届けしました。

(聞き手:委員長中俣+船木)